あみ子の兄はなぜ鳩の巣を投げたのか【こちらあみ子】

こちらあみ子 考え事
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映画「こちらあみ子」を視聴後、とんでもなく面白かったので小説版も読了しました。

「映画版でニンテンドースイッチが出てくる描写から現代と思われるのに、中学卒業までサポートの手が入る気配のないあみ子」など気になる点もあれど、映画・小説ともに好きです。

明言はされていないけれど、おそらく発達障害か何らかの特性を持っているであろうあみ子。

辛い展開が続きますが、映画・小説ともに最も心に残ったのはお兄ちゃんが鳩の巣を投げ捨てたところ。

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兄が巣を投げ捨てるのは本当に救いなのか?

機能を失ったはずのトランスーバーから初めての応答である「は?」という一言が返ってきた後、あみ子が「こわいんじゃこわいんじゃ助けておにいちゃん」と呼びかける。

すると、〝田中先輩″と呼ばれるあみ子兄が急に表れて、あみ子がずっと怖がっていた、誰も存在を信じてくれなかった幽霊の正体を暴いてくれる。

映画で見たときはヒーローが来てくれたような、希望のようなシーンに感じられた。

あみ子の危機に現れて、幽霊から解放してくれた存在として。

でも小説版を読んでからは、どこまで行っても分かり合えないあみ子と世界のすれ違いが持つさみしさの象徴のように思った。

小説版ではこんな風に描写されている。

真ん中に小さなたまごが三つ、寄り添うようにのっていた。
(中略)
いつからおったん、小さいね、生まれてくるん。
たまごに語りかけたい言葉が胸の中に溢れてどきどきした。

今目の前を飛んで行った鳥はあんたたちのお母さんか、心配せんでもすぐに戻ってくるよ、
このベランダがあんたたちの家ならね。
こわくないよ安心しんさい。


そしてそっとなでてあげようと手を伸ばそうとしたとき、兄の手によって巣は投げられる。
空の一番高いところで巣は分解してしまうのである。

自分の家とはなんだろう

「小さなたまごがみっつ寄り添っていた」光景は、まるで再婚前のあみ子たち家族のよう。

飛んで行ってしまった鳥は、心の壊れてしまったお母さんのよう。

そのお母さんが戻ってくる条件は、ベランダがたまご達の家であること。

あみ子がトランシーバーでSOSを出したことで、結果的に巣は壊れてもうお母さんが戻ってくることはない。

お母さん鳥が戻ってこないということは、ここがたまごたちの家ではなかったということだ。

「幽霊だ」と思い込んでいた音はその親鳥が立てていた音だというのもなんだか示唆的だなと思う。

たまごを守っている物音が、あみ子に恐怖を与えてしまう。

どこまでいっても交信は上手くいかない。

あみ子にとって、自分の家とはなんだったのでしょう。

あみ子が求めた言葉

たまごたちに心の中で語りかけたように、「こわくないよ安心しんさい」と、あみ子は言って欲しかったのではないでしょうか。

たまごたちにかけてあげたい言葉があふれてきたように、本当はあみ子の中にも多くの伝えたい思いがあったはず。

その思いは、あみ子というフィルターを通して外に出てくるといつも、元の形とは違ってしまう。

そして周りを傷つけ続ける。

トランシーバーの片方は、どれだけ探しても出てこない。

無くなってしまったトランシーバーは、あみ子の大切な人の心にあるのでしょう。

お父さん、お母さん、お兄ちゃん、そしてのり君。

「受信して欲しい」と願いながら相手のトランシーバーを(故意ではなくとも)壊してきたあみ子は、誰とも交信することができない。

苦しいですね。

最後の一瞬、兄とつながった。

それは希望でもあるし、絶望でもある。

卒業前の教室で、「おれだけの秘密じゃ」と言った坊主頭の同級生に対し、「優しくしたい、何か言いたい」と言葉を探しても言葉は見つからない。

坊主頭の同級生が「応答せよ」と発したトランシーバーに、あみ子は答えられない。

逆も然り。

誰もがテレパシーはもっていないから

お父さんは大けがしたあみ子を血相変えて病院まで運んでくれるけれど、「入院したい、お母さんばっかずるい」というあみ子の本当の言葉は届かない。

お兄ちゃんは小さなころからあみ子に優しくしてくれて、最後は幽霊だって追い払ってくれた。
でも、たまごに語りかけたかった気持ちはやっぱり届かない。

「希望」という言葉が好きなお母さんにとって、赤ちゃんを失くしたあとに残った“寄り添ったみっつのたまご”は希望だったのだと思う。
しかし、そのたまごはもう空に投げられて巣もなくなってしまった。

きっと、そこに愛情はあるのです。

家族だろうが友達だろうが、テレパシーはないし完璧に相手を理解することなど不可能。

それでも寄り添って行けるのは、理解することをあきらめず、伝えて、想像して補い合えるからだと思います。

しかしそれは、双方のトランシーバーがまだ機能している前提の話ではないでしょうか。

親鳥はもう帰る場所がない。新しい巣を作るのかもしれない。

あみ子が家からいなくなって、残った家族の心が癒えて、そしたらあみ子は戻ることが出来るのでしょうか。

引っ越しっ先で仲良くなったさきちゃんの中にあるあみ子のトランシーバーは、壊れずに済むのかな。

「だいじょうぶ。あの子は当分ここへは辿り着きそうもない。」

辿り着いた時に何が起こるのか、それは誰にも分からないんだろうな。

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