ドラマ「カルテット」は恋愛メインじゃなかった件【人間の感情のもつれで進むその先】

映画の中の母子家庭

数年前にやってたドラマ「カルテット」を一気に全話視聴しました。

徹夜しちゃった。

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恋愛はドラマのただの要素の一つだったとは

恋愛ドラマに興味のない私は「大人の恋は、やっかいだ」というキャッチコピーのため放送当時は微塵も惹かれず。

「軽井沢でカルテット(弦楽四重奏)を組んだ4人の恋愛模様?興味なし。」

そう思ってた。

今になってなんとなく見てみたらすごく面白いじゃないですか。

恋愛と言うよりサスペンス寄りでした。

一言で割り切ることのできない人間の感情のもつれの表現がすごい。

今、2巡目をみております。

ピース オブ ケイク」的なのを想像して倦厭してたのがいい意味で裏切られた感じ。

「恋愛命の青春ドラマがそのまま大人になった感じ」ではなく、「割り切れない人間の感情のもつれの中でそれぞれが成長して生きていく人間ドラマ」です。

人間はやっかいだ

例えば、松たか子さん演じるマキ夫婦のすれ違い。

2人が夫婦に求めていた物が違った事で徐々に亀裂が生じる。

一方は相手に対しいつまでもミステリアスな魅力を。

もう一方は安心・ありのままの自分を出せる場所を。

ありがちで、リアルで、どうしようもない溝です。

そういう様々な「ありふれた溝」をありがちではない設定で見せる。

その見せ方が胸に突き刺さる。

家森(高橋一生さん)に対し離婚した元妻の茶馬子(高橋メアリージュンさん)が言ったセリフが忘れられない。

復縁してやり直そうとする家森に対して、こんな感じのことを茶馬子が言う↓

「もしあの時当選した宝くじの6000万を手に入れていたら……」

それは一番言ってはいけないことだった。

あなたのいうそのもしもの未来に私も息子もいないんだから。

この「絶対言ってはいけないことだった」と言う気持ちが痛いほどわかる。

私も似たようなことを元夫によく言われていたからです。

(宝くじではないけどね)

映像コンテンツは自分の経験や感情とリンクする部分は最も刺さってくる。

この人の後悔している過去の選択がなければ、自分と出会うこともなく、子供も生まれていなかった。

「あの頃の6000万」にこだわり続けることは、今目の前にある当時にとっての未来を否定することです。

家森は今を後悔する言葉である「あの時こうしていれば」は、その時の選択で得られた茶馬子や息子を否定していることに気が付かなかった。

「でもやっぱりあの時の選択は正しかった。だからこそ今があるんだ」

そう言えていたら、今はまた違ったのかもしれません。

「自分の嫌な面」と出会って成長していく

嫌なこと・嫌な気持ち・嫌な自分と出会うことでしか成長できない部分ってあると思う。

楽しいこと・ワクワクする気持ち・自分を認めることももちろん。

何かが起きた時それをどう消化していくかでその後の未来もきっと変わってくるのでしょう。

そんなことを考えたドラマでした。

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